さて本格的に神社巡りを始めようということで、松岡方面へ。
R10が大分南バイパスと合流するあたりに危険な生物発見。草なら最悪突っ込めばいいけど、木になるとそうはいかない。
- 勝地天満宮
- 御手洗神社
- 大原神社(松岡成松)
- 今宮八幡宮(松岡成松)
- 金刀比羅社(上松岡)
- 昼食
- 宮地嶽神社(松岡門前)
- 天満宮(松岡真萱)
- 水神明王(松原向原禅定院)
- 金毘羅社(松岡向原)
- 尾崎天満宮
- 尺間神社(松岡尾崎)
- 毛井八幡社
- 天満社(大津留)
- おおいたアーバンクラシックコース試走
勝地天満宮
授与所、手水鉢がある。奥の建物は寄進者芳名録からするに神楽殿。
本殿奥に境内摂社。大分市内に多いパターン。京都の山国エリアでは本殿脇とか拝殿脇が多かった。
縁起と最新の説明。天神さんの他に八幡さん、住吉さんも祀られている。
平成15年に改築が行われている。上の写真で見えるように、枯れ葉も皆無で、手入れが行き届いている。
いきなり想定以上のしっかりした神社でわくわく感。
御手洗神社
すぐ近くに御手洗神社。
どうやら裏側からアプローチしたもよう。写真右手に本殿などが見える。ここの扁額は三社八幡宮。当地に遷座の際に春日神、天満上を合わせ祀ったんだとか。合わせて御手洗大神と。
神社が納骨堂を持っているのは珍しい。これからわかることは、地域によって維持されているような神社ではなく、宗教法人的に活動しているということ。
奥宮龍穴。遷座前から龍神さんが祀られていて、対面すると北を向くことから北辰信仰とも混淆しているらしい。
七五三の絵があったり、縁起のパンフレットなどが充実していて、これまた想定外だったが、やはり充実したウェブサイトがあった。
mitaraijinjya.com
金刀比羅社(上松岡)
北上していくとこんもりとした木々が見えてきて、次の目的地金刀比羅社、日本セミコンダクター大分工場(旧東芝大分工場)の近く。
ムクの木と地蔵堂。元々地蔵後で、のちに金刀比羅社がやってきたのだとか。
拝殿はサッシで、中には座布団や卓などが見える。公民館的使い方もされているだろう。
引きの図。北西側からと南西側から。南西側のゲートボール場は元々神地だったかもしれない。
宮地嶽神社(松岡門前)
Edgeを見ながら近づいていくと「戦没者墓碑と慰霊碑」との杭が断っている。ここに自転車を置いて階段を登っていく。
ここでGoogleMapsでチェック。さっきの保像道路を少し登った先にあるっぽかった。徒歩でアプローチ。
市の水道関係の施設がある。
このあたりは門前という地名だが、たぶん宮地嶽神社の門前ではなく近くにある長興寺の門前ということだろう。鎌倉時代にルーツがある臨済宗妙心寺派の寺院。元々は長興寺の一部だったのかもしれない。
天満宮(松岡真萱)
地理院地図で見つけたが神社名不明。パークプレイスへの上りの途中で左折。溜池が天神池ということだったので天満宮だと推定。着いてみたらはやり天満宮だった。「真萱天満宮と松岡神楽」と。
鳥居は平成20年修復。もしかして松岡一帯の神社で比較的修復が進んでいるのは、東芝の進出と関連あるんかな?
拝殿に梅の花の額。天井画。もしかしたら、この手の天井画のある拝殿は神楽殿を兼ねているのかも。
後で見たらGoogleMapsにも「真萱神社(天満宮)」と掲載されていた。
尾崎天満宮
金毘羅社の前の道を進んで突き当りに階段。なんらかの尾崎天満宮関連の案内が書いてあったようだけど、判読不能。
開田記念碑があるが、すぐそばが耕作放棄状態。最低限の手入れはされているが。
次の目的地に向かう途中の公民館(兼老人憩いの家)に神輿(もしくは山車)が置いてあった。この公民館は元々御旅所だったのかも。