神社巡り 坂ノ市

 天皇誕生日。無職の身に祝日は関係ないけど、トラック、ダンプなどのはたらくくるまが少ないので、走りやすいというメリットはある。
 10時20分ころ出発。冷たく、しかも強い風。でも気温が高いのでインナーグラブ+指切りグラブでも冷たくはない。
 今日の風は北東から。戸次に出て大野川右岸堤防を走るが、当然向かい風。

産乃神社

 MAPPLEを見ていたら産乃神社を見つけた。岡の稲荷神社に合祀されてたんちゃうのん?

 「あの急な坂の上かな」と思ったらその途中にあった。

 やはり公民館。誓願寺公民館とある。寺の名前であり集落名なんだろう。天満社のあった浄土寺厳島神社のあった延命寺など、このエリアではそこそこ見かける。

 左にお地蔵さん。

 由緒。祭神は伊邪那美命。岡の稲荷神社とは別なんかなとこの時点では思った。

 帰宅後改めて岡の稲荷神社の由緒書きを読むと明治17年に合祀のあと「昭和62年には社殿を建立、崇敬奉仕している」とあった。昭和62年は一致するものの、ルーツは昭和29年とある。山の神とはMapion、Mappleでは山王神社とある野間の天満社(直線距離500mほど)だろうか。

龍王様(久土)

 いちどあっさりあきらめた龍王様、その時は存在を疑っていたものの、吉野で山上に雨乞い・治水で龍神様をお祭りするというパターンがいくつかあったので可能性は高いなと思って、再度地理院地図を眺める。すこし上流側に登り口がありそう。

 それらしき道を見つけた。九州電力の高圧線鉄塔のメンテナンス道になっているようだ。

 登るとしだいに勾配がきつくなる。

 ゆるくなって、分岐の左手に鉄塔。地図通り。ピークのように見えるが、それらしきものはない。

 せっかく登ってきたので、次の鉄塔に向かう道右手のを進んでみる。おおっ、なんかある。

 到着!うれしい。

 剣を手にしているということは善女龍王さんだろうか。正月の飾りをつけているのは九州電力の中の人じゃなかろうか。

 すぐ裏は展望が開ける。

 現在地。見えた景色からしても、地理院地図との比較からしてもほぼ正確だろう。GoogleMaps上のプロットはかなり雑だったと。

 階段のおかげで吉野での激坂徒歩下り2連発にくらべると遥かに楽だった。九電さん、ご苦労さまです。

日吉神社(屋山)

 県道38号線まで戻って東へ。途中ウルトラマンのいる事業所があった。トーヨー木材工業という会社のようだ。

 その先で右に曲がる。見えてきた。

 到着。右手に山車庫らしき建物。




 由緒。祭神は大山咋神、大山祗神、菅原道真公。その脇に手水鉢。

 境内末社の天満宮。手前に手水鉢。

 右手奥にも山車庫っぽい建物。

 神泉、それとも溜め池?

 境内から。大分東高校が見える。

明の鳥居マーク

 地理院地図に旭化成の工場敷地内かどうかぎりぎりのところに鳥居マークがあったので行ってみた。工場内だったら丹生神社の御旅所跡の可能性もあるなと思って。

 それらしきものはない。見える範囲では工場敷地内にもない。

 あきらめて次へ。
 改めて見たら、プロットしていた位置よりもう少し西の、住宅のあるあたりのようだ。再訪せねば。GoogleEarthで見るとそれらしきものも。

八柱神社(屋山)

 次の目的地も近かった。到着してみると想定外の大きさ。しかも新しい。


 宮司さんのおうちも隣接。専任の宮司さんがいる神社は大分市ではあまり多くない。

 阿行の狛犬、「芸能人は歯が命」みたいな(ネタが古い)。

 拝殿、本殿。神社本庁の方針に忠実なタイプのようで。




 拝殿脇の狛犬の吽形は角あり。

 左手に稲荷社。

 神楽殿。奥は神輿殿?

 社務所と授与所。

 右手に豊玉宮。駐車場には忠魂碑。


 神馬銅像。

 由緒書き。祭神は高皇産霊神、神皇産霊神、魂留産霊神、生産霊神、足産霊神、大宮賣神、御膳都神、事代主神の八柱。八柱神社といえども、牛頭天王もしくは日吉山王権現の八王子権現由来ではなく宮中八神殿由来と。明治期にスイッチしたのではとの妄想が止まらない。

 駐車場に改修記念碑。

 駐車場側の鳥居。この手前の灯籠には安政3年の銘。

 これは何?

 表参道側の手水舎と南参道側の手水鉢。

 途中でPowerShotの電池切れで、スマートフォンに切り替え。鮮やかな色調やな。

ランチ

 予め調査してあったマルショク坂ノ市店でスーパーアゲアゲランチ。

www.sunlive.co.jp

神社(木田西部)

 GoogleMapsで見つけた神社へ。
 Edgeの表示をもとに近づいてみたら発見。

 これが参道かな。進んでみる。

 到着。しかし登り口がない。

 左右を見ると、向かって左にはどうみてもなさそうなので右に回ってみたら切れ目があって、参道があった。突き当りに小屋。


 狛犬の阿行がかわいらしい。その奥に手水鉢。

 祠は二重構造。祭神、名称等不明。

 県道205号線旧道まで戻ってくると、突き当りが消防団倉庫などの公共スペース。ここもかつては境内だったのかもしれない。

愛宕社(木田平野平等寺)

 次の目的地である田中神社へのショートカット道を進んでいると正面に寺、もしくは寺跡らしき建物。祠もあるし、注意して通っていると注連縄のある祠を発見。やったーっ!平等寺というお寺らしい。

 愛宕社だった。お寺の鎮守では多いパターン。


 手水鉢。

 小屋。

田中神社(木田久)

 平等寺を過ぎてすぐに登り。これも河岸段丘やろうか。長くはないがそこそこ急な登りの先に神社が見えた。

 この先に表参道がありそうなので進んで到着。当初日吉神社と思い込んでて「御旅所があるほどの神社にしては小さいな」と思ったけど、田中神社だった。

 拝殿には奉納面。


 灯籠は万延元年。フットボールしそう。

 倉庫兼トイレ。

 右手奥に石像石碑群。石碑は読めないが、中央が青面金剛さんっぽいので庚申塔か。

 手水鉢。

 一の鳥居から日吉神社方面に50mほど進んだ先に神輿庫らしき建物。かつてはここまで境内だったんだろう。

日吉神社(木田東部)

 登っていた分下って、到着。

 階段を進むと左手に階段。宮司さんのお宅だった。宮司さんが住んでいる神社は大分市にはあまりない。

 登ってきた道は脇参道だった。

 幣殿もある。拝殿の正面からの写真を撮り忘れていたようだ。御旅所がある神社にふさわしい。

 神楽殿と脇参道の手水舎。

 拝殿左手前の合祀されてきた神々。金毘羅神社、松尾神社、生目神社、手置帆負神社、彦狭智神社、畑神社。畑神社は昭和57年合祀。手置帆負命と彦狭智命は親子で、天鈿女命が踊った舞台をつくり、工匠の神様なんだとか。

 畑神社はGoogleMapsにもある畑神社跡だろう。ここから直線で2kmほど。

 左手の稲荷大神。

 右手の坂ノ市護国神社。このエリアは護国系の祠があるところが多め。

 裏手の神輿庫(たぶん)。裏手にも表にも巨木がたくさん。まとめて大分市の銘木に指定されている。



 神馬像。これまたこのエリアに多め。

 表参道側の手水舎。

 その脇に車道が取りついている。

 表参道を少し下がってみる。社務所と手水舎。手水舎は人感センサー付きのようで、突然水が出てきた。そういえば授与所がないな。初詣の人が多そうなのに。

 表参道に回ってみた。一の鳥居脇に山車庫兼トイレ。

 由緒書きがなかったなあと思いつつ次に向かおうとしたら、駐車場の片隅に発見。大分市定番の「大友家の信仰が篤かったけど、島津侵攻で燃えてしもうたので記録はない」パターン。祭神は大己貴命、伊弉諾尊、伊弉冉尊、菊理媛命。熊野権現さんはどちらに?


坂ノ市神社

 次の目的地の坂ノ市神社、地図を見て、坂ノ市の地名の由来である市の会場である萬弘寺の境内にある鎮守社だろうと思っていた。

 到着。なんか思うてたのと違う。

 紋が巴ということは八幡さん?




 右手に蛭子社。

 社務所(多分)と山車庫。表札は「坂」の文字しか読めんけど。

 手水鉢

 市の名木クスノキ。

 萬弘寺と市の説明書き。

 萬弘寺広場。市の時はここも使われるんかな。古くはこの一帯、もしかしたら隣の小学校あたりまでもお寺の境内やったんやろうな。大分市観光ナビによると県下最古の寺らしい。

城原天満神社

 大在巡りをした時には地図で見落としていた神社。R197の旧道らしき道沿いの高台の集落内。
 向かいに広い公民館があったので、ここも元境内かなと思ったら違った。

 公民館敷地から。


 右側の祠。詳細不明。

 左側の山車庫。パネルを立てかけているのか、固定しているのかと気になって近づいたら木ねじで固定されていた。

 手水鉢。

猿田彦神(城原)

 城原天満神社の50mくらい先で石碑発見。停まって見たら「猿田彦」の文字が見えた。

 左の石塔。當奄中興とあるが当庵中興の意味だろうか。だとするとお寺の跡という可能性。

 奥の建物、お地蔵さんでもいそうな雰囲気があるが、鍵がかかっていた。というか、内側からクレセント錠がかかっていて、前後左右と床に入り口がない。どうやって鍵かけたん?どうやって開けるん?

横田の祠

 クルマで通りかかった時に見かけた注連縄のある祠を訪問。

 中には仏様系のお姿の石像。その脇には「天照皇太神祈講中」、右に彦狭知命、左に手置帆負命の札。おお、さっき日吉神社でお目にかかった神様や。左の札には昭和61年に移転改築したと書いてある。新産都建設ってもっと早くに完了したのかと思っていた。

遠見山の金毘羅さん

 三佐遠見の金刀比羅神社の近くに祠があると知って、そのあたりを再訪問。
 ああ、このコーナー、記憶がある。でも山の上に祠があるのは気がつかんかった。まさに遠見山。

 上から金刀比羅神社の鳥居も見える。おそらくここが元祖なんじゃなかろうか。

 2つある碑はいずれも解散した三佐漁業協同組合に関するもの。


日吉町探索

 40m道路を西に進み、日本製鐵正門前で左折して高城方面へ。駅のすぐ北に日吉町という町名があり、日吉神社由来に思える。

 地図で見ている限り神社は見つからない。でも祠くらいは残っているのではないかと思って探索。これは高松西公園だが、期待したものは見当たらない。

 もうひとつの公共施設である大分東部公民館でも発見できない。新産都の再開発、あるいは空襲で消失したのか。

帰路&まとめ

 R197を大分川まで走り、右岸サイクリングロード経由で16時40分頃帰宅。


kazz.red