最高気温15度予想で、日も差すようになったなったので、早昼して12時ちょっと過ぎに出発。
吉野へ
以前、GoogleMapsで見つけて気になった道があり、今回通ってみた。

期待通りの雰囲気。路面は荒れているがアスファルト。周囲は針葉樹の人工林だが、広葉樹がけっこう伸びていてあまり手入れされていない。

放置されているのかと思ったのは間違いで、最近伐採されたエリアがあった。

トンネルの先の右手に道がある。これが峠から降りてくる道?だとしたら登り口は?と思ったが、地理院地図では大きく北に迂回していた。溜池のところに降りてくる道が峠道の可能性もある。



天神社(吉野原)
吉野原の交差点を右折して急な坂を登る。さっそく公民館案内板。これは敷地の一部が公民館になっとるパターンやな。

やはり。扁額は天神社。なおMapionでは天神社、GoogleMapsには菅原神社となっている。


「ええ、神社つぶしてしもうたん?高松の金毘羅社とか姫之宮春日社みたいな一体型で残せばよかったのに」と思って、もう一度見たらこの形。ここの部分が本殿なんやな。安心した。

でもしっかり施錠されていて日常的にお参りができない形。せめて上にあげた事例みたいに正面をガラス張りにすればよかったのに。
お稲荷様(宮尾儀徳)
吉野地区歴史マップで見つけた儀徳のお稲荷様、GoogleMapsに載っている「神社(宮尾/儀徳)」と同じかどうかわからないのでとりあえずその方向に行ってみる。歴史マップの方が手前にあるように見える。


引いておいたルートに従って進んでいくと発見。案内標も立っている。Edgeの画面からするとGoogleMapsにプロットしていた地点とほぼ同じ。同一地点と確信。


馬〆神社
いったん県道206号線に戻り、少し東に進む。そろそろ馬〆神社へ左折するあたりだなと思っていたら、分岐の後に突如鳥居が出現。

階段ともいえないようなところを登ってその先をみたら再び下って左手へ道が伸びていた。この先に神社があるんだろうか。

スマートフォンを見たら、この道は馬〆神社方面へ繋がっていた。昔は川沿いに道を作らなかったことを考えれば、こちらが本来の参道なんだろう。

その時点ではよくわからなかったが、おそらく昔はこの上の段の高さで道が通っていて、県道の切り通しを作る時にあわせて掘り下げたんじゃなかろうか。このストリートビューでは草ぼうぼうなので、手入れがされていることがわかる。

謎が解けた(つもり)ので、馬〆神社へ。ちょうどメンテナンスに来たと思しき地元の人が来ていた。


手前にあるのは舞堂(改修記念碑によると、ここでは神楽殿ではなく舞堂と呼んでいるらしい)と神楽師控室。



拝殿左手のこれは祠と言えるのかどうか。参拝者には背中を向けている。
本殿両脇の狛犬。


由緒。ダイジェスト版も同時に作られたと。自治体が作るとどうしても現在の祭神とかに触れんのよね。出雲の雲見神社は不明。雲見峠の北側にある立石神社とかかなあ。あるいは雲見の滝 の近くか。


高尾神社
県道206号線に戻り、西に戻って左折。
「もうレンゲが咲いとるんや、ちょっと色濃いな」と思ってよく見たら、キミ、ホトケノザやないかい!ホトケノザもマメ科かなと思って帰宅後調べたらシソ科やった。周りもこんな田んぼばっかりやけど、植えとるのか、自然に増えたのか。


拝殿は奉納絵多数。ただかなり古くなっている。線香立て、ろうそく立てがある。






神木後神杉と銘のある玉垣の中に由緒書き。祭神はイザナギノ命、上筒男命、中筒男命、底筒男命、息長帯姫命ということで、郷社ゆえにあちこちの神社が統合されたんだろうなと。住吉神は海の近くが多いのに、内陸の吉野にも。明治期に祀られた可能性も。



鳥居左手の石塔、祠。右端は石書経王塔、その次は青面金剛さんか。左端は読めず。

鞍馬流棒術が伝わるらしい。山一つ越えた西寒田の権現神社にも棒術が伝わってたなあと思ったが、いずれも臼杵稲葉藩領やったんやな。

さらに進むと階段。下りなので担いで降りられなくもないが戻る。

































































