神社巡り鶴崎方面とおかばる花公園

 10時スタート。新しいシューズとヘルメットのシェイクダウンを兼ねて。シューズは例によって「前の穴で最後部」で設定。
 天気がよく気温も高いが、風が強く、肌寒ささえ感じる。

宮地嶽神社(鴛野軒田)

 敷戸神社に行った時に令和4年(2022年)合祀されたということを知ったので、GoogleMapsで痕跡を探ったら宮地嶽公園というのがあったので、ここだろうと思っていってみた(スクリーンショットは Mapion )。

 来てみた。高台の団地の端っこ。トイレ、遊具、縁石などからするに、3年前にできた公園とは思えない。公園ができたあとも残っていた祠を3年前に移したということだろうか。



 この倉庫は新しいので、ここに祠があったのかもしれないと妄想した。

 これを書きながらさらに詮索。
 敷戸神社には「大字宮崎字軒田」とあるけど、軒田は大字鴛野の字なんよね。しかも寒田わかば台の旧字名は全部宮崎。ただ国土地理院の地形図だと大字宮崎のビッグウッドのあたりに「軒田」の文字がある。
 Mapionの地図からするに宮地嶽神社の隣が飛び地のようになっている。もしかしてそこが大字鴛野の飛び地で、字軒田で、宮地嶽神社跡?
 さらに探していると、在りし日の写真がGoogleMapsに投稿されていた。2021年12月の撮影。どうやら今新しい住宅が建っているあたりのもよう。後日再確認。

西寒多神社

 藤の名所の西寒多神社だが、ピークは過ぎていて、人出もさほどではなかった。

早吸日売神社(旦野原)

  西寒多神社のそばから美し野へ登っていく。が、ペダリングに合わせて異音がする。由布院ループの時もなってたけど。
 降りて行って団地を抜けた先に早吸日売神社。遠くからでも目立つ。



 拝殿には天井画。

 鬼瓦が保存されている。

 社務所か神楽殿かがあったところか?

 右手手前の龍王様。

 右手中央。右が大将軍様、中央が金毘羅権現様。

 倉庫。

 左手。生目八幡。青面金剛?



 入口には藤棚。

 道をはさんだ向かい。

 隣接地に消防団倉庫と旦野原公民館。

 縁起などはなかったが、佐賀関の早吸日女神社と関係あるかも。

ランチ

 R10に戻って、中判田で左折して進み、松岡の新鮮市場でスーパーアゲアゲランチ。

 チェーンリング固定ボルトを増し締めしたが、変化なし。

岡原天神社

 向かい風の中を進んで、天神橋の交差点を左折して少し登って左折。GoogleMapsやMapionには菅原神社とある。
 おかばる花公園の第二駐車場の先。

 参道の途中にお地蔵さんや祠。

 一の鳥居の扁額は「天神社」、二の鳥居は「菅原神社」。



 縁起。大分スポーツ公園の開発で建て直したと。北側の土地はおかばる花公園の一部のようになっているが、社有地だとか。

 手水鉢、倉庫、トイレ。

 右奥の祠群。左から2番めには「山神宮」その右には「八幡宮」の文字。

 左奥の祠群。中央には「稲荷大明神」、右には「大将軍」の文字。

おかばる花公園

 せっかくなのでちょっと写真撮影。



 クランクボルトを増し締めしてみたが異音に変化なし。立ちこぎでも音がするのでサドル周りではない。ハンドルから力を抜いても音がするのでハンドル・フォーク周りでもなさそう。

上徳丸天満社

 平地に降りてきて、毛井、大津留を経て下徳丸へ。


 奥に別棟(壁の色が違う)で公民館兼老人憩いの家。

 手水鉢。

 前の建物の時代の瓦か。梅の文様。

 「敷地記念」というのは今は使わん表現かなと。

 隣に瑞光山能仁寺という寺があって「南無釈迦牟尼仏って書いた碑があるから前週だろうし、大分で天満社とペアのことが多い臨済宗妙心寺派?」と思ったが、今調べたら曹洞宗だった。Mapionには熊仁寺となっている
sotozen-navi.com

鉾神社

 県道31号に出て西に進み、明野への坂をかなり上の方まで登って左折。御旅所があるくらいだから大きな神社だろうと思っていたが、いきなり迫力ある景色だった。




 拝殿には天井画。奉納画も。扁額は鉾神社と天満社の連名。

 縁起。祭神は級長津彦命と級長戸辺命。お伊勢参りと鉾神社との関わりがわからんし、「縁起」の項で突然出てくる霧島大明神。

 神楽殿。奥に控室。

 向かって左手の稲荷大明神。

 右手の金刀比羅社。縁起には天満社が別の祠になっているように書いてあるけど、ない。縁起碑のあとに本殿連名になったんかも。

 消防団倉庫、防火水槽、奥は神輿庫?左手に見えるのはほぼ民家化した外見の法弘寺。西山浄土宗だとか。

 奥に葛木公民館。

鉾神社御旅所

 北に進むと下りが始まるあたりに御旅所。

 今はなにもないが、以前は建物があったもよう。

 皆春方面がよく見える。

宮王社

 以前探索したところを再訪問。今回も決め手はなかった。

東海庵

 歴史マップに神社との関係が載っていたので来てみた。なお岩船八幡宮は森の若宮八幡宮のこと。

 ほぼお寺だった。千歳第二公民館になってた。なおこのあたりはほとんど薬師寺さん。



白龍社

 これも桃園の歴史マップで発見。

 けっこう苦労したが到達。

 縁起。わりと新しいご神託。

 乙津毘賣大神社と金龍大神社。

 縁起に出てくる家長用井戸か。

 出発しようとして持ち上げた時に、リアホイールのガタが出ているのが発覚。なんやと思って点検したらスルーアクスルが緩んでいた。締め込んだら異音が消えた。クイックリリースだったらホイールが外れるところだけど、スルーアクスルだったのそのまま走ることができていた。いい面でもあるし、悪い面でもある。

太刀振社

 住友化学、ナフコ、ニトリのある通りを北上して行って西側。


 平成14年(2002年)に区画整理で境界変更があって、一部移転したとか。野坂神社の宮司さんが関わっているということは、関連が深そう。というか、このあたりの神社はお互いに密接に関わっている。

 日露戦争千駅記念碑。

 招魂社。この地域の日清戦争以降の戦没者の銘。隣は三佐仲よしプール。

 手水鉢。

 隣のブロックに山車庫。見落とすところだった。

稲荷神社(三佐)

 さらに北上して左折してちょっとで稲荷神社。


 手水鉢。

 倉庫。

 本殿の後に古い灯籠。

野坂神社御旅所

 海に近いところに御旅所。広い。

 玉垣には屋号の人、姓のない人が多数あり、歴史の古さを感じさせる。


金毘羅社(三佐遠見)

 さらに北に進むと金毘羅社。

 手水鉢。

 向かいに山車庫。

 隣接地に遠見公民館。

天満神社(海原)

 40m道路を西に(追い風)。「ここの天満神社のお祭りってゴールデンウィークあたりだったはずだけど、もう終わったかな」と思いながら走っていたらお囃子の音。近づいてみたら山車を見ることができた。



津留天満社

 以前チェックできていなかったところに行ってみた。まさかの造形。隣の公民館とは境界がなく連続している。



 縁起。どこに何があって、いつ何が起こったかわかる秀逸な文書。いや、これくらいできていてあたりまえなんやけど、なにがなんだかわからない縁起が多すぎる。

 手水舎。

 古い灯籠は元治2年(1865年)。

 隣は公園やけど、神社の一部を公園にしたのではなく、区画整理時に公共の施設を集めたんだろう。

帰路

 R197まで出て、大分川右岸を南に進む。追い風で楽々。
 サイクリングロードから一般道に合流して森岡大橋東でリアホイールがパンク。これまでも空が抜けやすかったのでスローパンクかと思って空気を入れてみたけど、すぐに抜けていくのでスローパンクではないと判断してチューブを交換。あと2kmほどなのでビードが上がらないままで残りを走って帰宅。

まとめ


 のんびり走ったのに向かい風区間でPB。

kazz.red

 シューズはもう少しクリートを下げた方がよさそう。ヘルメットはほぼ調節できたので、あとは余ったストラップを切るだけ。