暖かいので10時ころに出発して神社巡り。本日のターゲットは大分市北部の日本製鉄南側エリア。
- 天神宮(下鴛野)
- 首藤氏祖霊社
- 金毘羅社(曲)
- 天神社(津守常元)
- 御霊社(片島)
- 角屋敷の天神様
- 秋月家屋敷神様
- ランチ
- 牧天満社
- 大分縣護国神社
- 萩原稲荷神社
- 萩原天神社
- 新貝天満社
- 金毘羅社(高松)
- 鷹松神社
- 豊原神社
- 乙津泊地
- 光金稲荷神社
- 三川天満社
- 御霊社(寺崎町)
- 白鳥神社
- 帰路へ
- まとめ
天神宮(下鴛野)
地図を見ていたら比較的近いところに神社マークがあった。前を何度も通っているのに気が付かなかったし、GoogleMapsには「天満宮(下鴛野公民館)と書いてあるので公民館だけしかない状況も想定。

いったん通り過ぎて戻りながら探す。スピーカーがあるのでここだろうと思って入ってみたら正解。

道(旧肥後街道)とは逆側、豊肥線の線路脇に鳥居が立っているが、建物は公民館だけ。扁額は天神宮。



左奥に仏像・碑群。庚申信仰の本尊である青面金剛の刻のある碑が3つ確認できた。大日如来の文字のある碑も。このあたり、明治以前からの信仰を感じさせる。


首藤氏祖霊社
大分市歴史マップの森岡校区編に載っていた首藤氏祖霊社を目指す。曲八幡宮の東側の、盛岡小学校に登っていく道を進み、曲がってみるが、それらしきものは発見できず。
唯一「これかも」と思ったものはどうみてもお地蔵さん。いったん退散。


金毘羅社(曲)
以前から「なんか神社っぽいなあ」と思っていたが、歴史マップに載っていて、GoogleMapsでも拡大すると表示されるので立ち寄ってみた。

歴史マップより。開口部の縦横比からすると、現在の向かって左側(モノ入れ状態)がメインで、当時右側はなかったもよう。向かって左の建物はなくなっている。

天神社(津守常元)
去年12月に訪問した天神社を通過したら、当時見落としてた説明文を発見。

藤原氏の後裔の堤氏が豊後に移ってきたときに堤一族の守り神として祀ったと。いや、それ道真公を陥れたとされる藤原氏サイドからの祟りよけですやん。
牧天満社
拝殿には天井画(一部書)。このあたりの歴史を表しているらしく、消失した寺院などもフィーチャーされてた。


縁起。天延年間に遡るとか。このあとわかるんだが、このあたりの神社は例大祭等のスケジュールを明示しているところが多い。


萩原稲荷神社
GoogleMapsで萩原稲荷神社とあったので行ってみたら神道修成派萩原大教会とあった。記念写真だけでほぼ素通りさせていただく。

裏側は納骨堂の入口。

ウェブサイトは2つあるけど、「萩原大教会のHP」にある「当社は大分市唯一の稲荷神社です」とはどんな基準なんやろう。
神道修成派 - Wikipediaによると、稲荷神は神道修成派の神様ではなさそう。このあたり、同じく教派神道に列する神道大教の熊鷹稲荷神社と共通するものがある。
神道修成派 萩原大教会【萩原稲荷神社】の公式ホームページ
萩原大教会のHP
萩原天神社
北上してすぐに萩原天神社。鳥居の扁額は天神社、拝殿の扁額は天満宮。






改修記念碑の裏側の縁起。天神社、住吉社、和霊社が新産都化時代の区画整理で一箇所に集まったと。

和霊社。



「山家公頼ってなんで唐突に?宇和島の和霊神社と関係あるん?」と思って帰宅後調べてみたらまさに和霊神社に祀られているひとだった。典型的な御霊信仰だけど、なぜ大分に伝わっているんやろ?豊後と伊予は対岸で交易も盛んだったとはいえ。
山家公頼 - Wikipedia
鷹松神社
金比羅社から東に進むとすぐにこんもりとした森が見えてくるのですぐ分かった。原川沿い。地名は高松。霜凝神社と下郡みたいな関係?





拝殿には天井画。だが、拝殿の周りにはいけないようにしてあるし、警戒中という表示とカメラがあるので離れて撮影。

鎮座800年記念碑の後ろに縁起。祭神は大山咋命、倉稲魂命、後白河天皇、菅原道真と。ということはもともとの日枝の他に稲荷社、御霊社、天満社が同居しているのかなと推測。


向かって左。神楽殿か?(正方形ではない) その奥に神輿殿(というか高さからして中身はたぶん山車)。

森自体が県指定特別保護樹林。奥のタブノキの神木は大分市の名木指定。


仏教成分が皆無だと思っていたが、隅っこに椿地蔵さん。子宝、子育てにご利益があるとか。

豊原神社
鷹松神社から北に向かい、日岡小学校を越えたところに豊原神社。鳥居は天保4年。




遷宮記念碑。ここも新産都建設の区画整理で昭和41年(1966年)に移転したと。元はここの北西の位置にあったと。ただ拝殿はその後更新されてそう。


結局祭神は不明だった。明治の頃に近隣社を合祀したと改修記念碑にはあるが。
三川天満社
隣に長勝寺という立派なお寺。その場で調べたらやはり臨済宗妙心寺派。大分市以南に天満社、天神社が多いのは臨済宗妙心寺派とのつながりちゃうかという仮説の証拠が一つ増えた。
御霊社(寺崎町)
寺崎というからには寺の近くの岬状の地形だと思われるが、近くに寺はない。南に進んだら日豊線踏切が大門寺という名称。おそらくこの寺が由来なんだろう。原川と今堤川の合流地点の、原川中学校のあるあたりがその岬ではないかと。


白鳥神社
市道山津高城南線を西に向かい、それらしいところで左に入ってみる。これが登り口と確信。ここに自転車を置いて徒歩で登る。



向かって右、登ってきた方向の境内摂社群。縁起には記載されていない。右から順に天満社・秋葉社、金刀比羅社、多賀社・妙見社、若宮八幡社・八坂社、岩門分社・鹿島社、生目社・稲荷社。おそらく周辺から集約されたものかと。岩門分社は「岩間」と間違って作ったと思しき跡が。


帰路へ
ランチを食べたマックスバリューの先の交差点を左折、大覚病院のところで右折して、滝尾駅のそばを抜けて帰着。臨時実家暮らしで早く戻らなければいけないのが残念な現在の状況。





























































































































